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名古屋地方裁判所 昭和44年(行ウ)9号 判決 1973年4月25日

原告 前田晴康

右訴訟代理人弁護士 田島好博

同 竹下重人

被告 名古屋東税務署長

新見猛

右訴訟代理人弁護士 本山亨

右指定代理人 松崎康夫

<ほか四名>

主文

一、被告が原告に対し、昭和四一年一〇月六日付をもってなした、原告の昭和三九年一月一日以降の所得税の青色申告書提出の承認を取消す処分は、これを取消す。

二、被告が原告に対し、昭和四一年一〇月一五日付をもってなした、原告の昭和三九年分の所得税にかかる総所得金額を二二五万二、四九二円申告納税額を四七万九、七五〇円とする更正処分および昭和四〇年分の所得税にかかる総所得金額を三三五万五、八一五円申告納税額を八八万六、二四〇円とする更正処分は、いずれもこれを取消す。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

主文同旨

(被告)

一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、肩書住所地において名城産業の商号をもってビニール製品の製造販売ならびにビニール生地の販売を営み、被告から所得税の青色申告書提出の承認を受けたものであるが、被告に対し昭和三九年分および同四〇年分の各所得をその申告期間内に、別表(一)課税処分表「確定申告額」欄記載のとおり申告した。

二、被告は原告に対し、昭和四一年一〇月六日付通知書をもって、原告の昭和三九年一月一日以降の所得税の青色申告書提出の承認を取消す旨の処分(以下、本件取消処分という)を、また昭和四一年一〇月一五日付通知書をもって、原告の昭和三九年同四〇年分所得税につき別表(一)課税処分表「更正および賦課決定額」欄記載のとおり各更正処分(以下本件各更正処分という)および加算税等賦課決定処分を、それぞれなした。

三、原告は、昭和四一年一〇月二二日被告に対し、本件取消処分および本件各更正処分につき異議申立をしたが、被告はいずれもこれを棄却し、昭和四二年一月一六日その旨原告に通知した。そこで原告は同月三〇日訴外名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は昭和四四年一月二二日いずれもこれを棄却し、翌日ごろその旨原告に通知した。

四、しかし、本件取消処分および本件各更正処分はいずれも次の理由により違法であり、取消さるべきである。

1、本件取消処分

(一) 理由附記不備の違法

本件取消処分の通知書の理由には「取消の理由、あなたの帳簿には取引の一部に仮装及び仮空経費の計上があるので所得税法第一五〇条一項三号の規定により取消します。」とのみ記載されている。しかし、右の記載は、所得税法一五〇条二項に要請されている理由附記の程度を充すものといえない。すなわち、右法条の趣旨は、承認がみだりに取消されることのないよう取消しの公正妥当を担保するとともに、その取消処分についての争訟手続における攻撃の対象を明確に特定するにあるのであるから、取消通知書には、単に該当法条を記載するに止まらず、いかなる事実が当該法条に該当するものと認定したかが分るように具体的事実を記載することが要請されているものと解すべきである。従って、その記載のない本件処分通知書はその理由附記に不備がある。

(二) 実体的違法

被告はその取消理由として、原告の事業所得に係る帳簿書類に取引の一部を仮装し、および仮装経費を計上したとするが、かかる事実はない。なお、訴外名古屋国税局長が、裁決において原処分の理由以外の理由で審査請求を棄却したのは、被告の取消理由を維持せず、むしろこれを変更したものである。

2 本件各更正処分

(一) 理由附記欠缺の違法

本件各更正処分の通知書には更正の理由が何ら記載されていないが、本件取消処分が前述のとおり取消されると、原告は依然として青色申告書提出の承認を受けた者であるから、原告に対する更正通知書には理由を附記しなければならない。

(二) 実体的違法

被告が右各更正の理由とした、

(1) 原告が売上を除外し、これを帳簿上架空の仕入金として記載したとの点についてはその事実がなく、

(2) その他貸倒引当金繰入額等の(一部)否認の点は、青色申告書提出承認の特典が奪われた結果否認(一部)されたものである。

したがって、実体的にも、原告が更正を受ける理由はない。

五、よって、本件取消処分および本件各更正処分の取消しを求める。

(認否)

請求原因一ないし三および同四1(一)のうちの通知書の理由の記載内容は認める。その余はすべて争う。

(被告の主張)

一、本件取消処分の適法性について

1 理由附記の程度

(一) 所得税法一五〇条二項によれば、取消通知書には同条一項各号のいずれに該当するかを明記すればたりるのであって、青色申告者に対する更正処分の理由附記に関する同法一五五条二項と異なり、取消の原因となった事実の記載までは要求されていない。

すなわち、青色申告書提出承認は、所定の帳簿書類を備付け、所得計算に関する取引を正確にかつ誠実に記帳するとの信頼に基き納税者に種々の特典が与えられるものであり、納税者と課税庁との右のような相互信頼関係を破壊するような徴候が現われた場合にはその信頼関係を終結させるべきものであって、これが青色申告書提出承認の取消制度である。所得税法一五〇条一項各号所定の取消原因はその記帳自体の信頼性を疑わしめ正確な所得算出を不可能とする事由を概括的に類型化したものである。だから、その理由附記も、右のような記帳の信頼性を疑わしめる概括的類型としての同項各号のいずれに該当するかを記載すればたりるのであり、複雑な計算判断過程を伴う青色申告の更正処分とは異なり、具体性ある理由の附記は要しないのであって、青色申告の更正処分の理由附記に関する所得税法一五五条二項と、青色申告承認取消処分の理由附記に関する同法一五〇条二項との文言上の差異からも右趣旨は明らかである。したがって法は「処分の基因となった事実」を処分庁の内心にとどめることを許容し、ただその事実が同条一項の各号のいずれに該当するかを附記することのみを要求したものというべきである。

なお、付言すれば、法が該当号数の附記のみでたりるとした趣旨は、法令所定の帳簿書類の備付記帳等を義務づけられている青色申告者にとっては、右の附記のみでも取消処分が何故なされたかを明瞭に知りうるものであるからこの程度の措置により課税庁の恣意を抑制しうるということにあるのである。

而して、本件取消処分の通知書には、取消の適用条項の号数が附記されているのみならず、取消の基因となった事実も概括的にせよ附記されているから、理由附記の点については何らの瑕疵はないというべきである。

(二) 仮に、本件取消処分自体に理由附記において瑕疵があるとしても、右処分に対する審査庁の裁決にあたり、訴外局長のなした裁決書においては、取消の基因となった具体的事実および適用条項号数が明示されているので、右瑕疵は治癒されたというべきである。すなわち右局長は被告の上級監督機関であり、また、裁決手続は原処分と併せて行政機関内部における租税確定に至るまでの一連の手続と考えることができるから、原処分の瑕疵は裁決庁において青色申告承認取消の基因となった具体的事実を明示したことにより治癒されるものというべきであるからである。

なお、訴訟において原処分における単なる形式的瑕疵のみを捉えて原処分を取消し、改めて理由を明示した処分を行わせることは、いたずらに無用な手続の重複をきたすだけであって、かえって必要以上に税務行政の法的不安定と不経済を招来するものといわざるをえない。

2、原告には左のとおり所得税法一五〇条一項三号に該当する事実がある。

(一) 原告備付の当座預金出納帳には訴外岩田良彦以下三八口の小口借入金合計昭和三九年分一一五万七、〇〇〇円、昭和四〇年分二二六万円について、その借入れ返済の状況が記載されている。しかし右のうち借入先数人についてはその実在することの確認ができず、また原告名義当座預金から小切手で引出されたものは借入先には全然支払われていないなど架空のものであることが明らかである。

仮りに被告主張のとおり、右借入金が原告の次男訴外前田始克からの借入金であり、借入先名義を架空人としたにすぎぬとしても、かかる架空記帳をなすことはもとより、その借入金利息についてまで岩田良彦らの架空人に支払ったと記載することはまさに前記条項に該当するものである。

(二) 原告備付の買掛帳には、訴外光信ビニール商会に対し昭和三九年一一月一三日約束手形で三一万〇、五〇〇円支払ったように記載されているが、右手形は訴外前田始克が受取り同人名義の預金口座に入金されたもので、同商会に交付されていないことから、右は架空仕入れである。

(三) さらに、処分後の調査により判明したことであるが、原告の帳簿には、仕入金額につき、取引件数にして一五件、金額にして四九五万六、三一七円の水増し計上がある。

なお、原告は右のうち三一万円余のみの水増分を認めその額が少ないことから取消事由に該当しないというが、前述のとおり、取消処分については帳簿の信頼性が失われたか否かが重要なのであるからその額の多寡は直接これとは関係ない事柄である。

(四) なお、本件取消処分の理由は、審査請求で維持されず変更されたという事実はないから、これを前提とする原告の主張は失当である。仮に認定に若干の差異があっても、取消の基因となった備付帳簿の不実記載の事実は根本において異なるものでないから、処分の同一性は失われていない。

3、したがって、本件取消処分は適法である。

二、本件各更正処分の適法性について

1、被告の計算による原告の所得金額は次のとおりである。

(一) 昭和三九年分

(1) 事業所得金額 三二五万一、五七五円

その明細は別表(二)昭和三九年分事業所得計算表の「被告主張額」欄記載のとおりである。

(2) 譲渡所得金額 △五万八、一〇八円(損失)

(3) 総所得金額((1)+(2)) 三一九万三、四六七円

(二) 昭和四〇年分

(1) 事業所得金額 四〇三万六、八五八円

その明細は別表(三)昭和四〇年分事業所得計算表の被告主張額欄記載のとおりである。

(2) 譲渡所得金額 △一万一、〇六八円(損失)

(3) 総所得金額((1)+(2)) 四〇二万五、七九〇円

2、原告の否認する項目についての計算根拠の詳細は次のとおりである。

(一) 売上原価のうち仕入金額

昭和三九年分 二三三万五、八四二円

昭和四〇年分 二九三万〇、九七五円

被告が架空仕入金として主張する額の明細は別表(四)架空仕入れ取引明細表記載のとおりである。而して、右が架空であることは、右各取引の決済関係がすべて原告振出の約束手形でなされ、すべて訴外前田始克によって取立てられ、同人名義の預金口座に入金されており、原告の取引先において取立てた事実がないこと、および次の(1)ないし(4)に示す各事実により明らかである。

(1) 千代田ビニール商会関係分

(ア) 同商会経営者永島勲に対する調査結果によれば、別表(四)記載の取引はなく、また同人は原告振出しの約束手形は受取っていないこと、後日原告の依頼どおり取引伝票を作成交付したこと、納品書には当時青カーボンで作成し黒カーボンでは作成していなかったこと等の事実が明らかである。

(イ) 原告備付の買掛帳には、既に記載された数額の頭部に後日数字を加えたとみられるもの、既に数額の記載された行の上部に後日数額を挿入加筆されたとみられるもの、当初の数額を後日なぞって加筆訂正したとみられるもの等明らかに作為された跡があり、また正規の取引金額は少額で通常取引のあった翌月に決済されているのに、架空とみるべき取引は、金額が多額で端数金額がなく翌月には決済されていない。

(ウ) さらに原告保存の原始記録についても、前記永島の言に反し、架空とみるべき取引についての納品書は黒カーボンで作成されており、また請求書についても一部の記載のみインクの色が違っていたり、一部が行の上部に後に加筆され、あるいはなぞり加筆により訂正した形跡があったりして不自然な点が多く、架空とみるべき取引金額にあうように後日原始記録が創出されたことがうかがわれる。

(2) 岡部商店関係分

(ア) 同商店経営者岡部雄幸に対する調査結果によれば、原告との取引は通常翌月決済で長期間の決済残高は考えられないこと、原告に依頼されるままに昭和四一年六月以降納品書、請求書等を作成交付したこと、同人は帳簿等がなかったので、被告に対し、原告のいうままの取引回答書を作成したこと、原告に交付した領収書の数額について同人が書改めたことはないこと等が明らかであり、また右調査にあたり、同人は原告主張の取引がなかったことを暗に示唆する態度であった。

(イ) 原告備付の買掛帳には、前記千代田ビニール商会分と同様な形態での作為の形跡がみられ、また通常の取引とは金額、決済期間において差異が認められる。

(ウ) さらに原告保存の原始記録についても、架空とみるべき取引の請求書、納品書には、同商店の作成日付より一年位後に変更された変更後の電話局番がゴム印で押捺されており、また領収書の一部にも後日加筆訂正されたとみられる形跡があり、架空取引金額にあうように後日原始記録が創出されたことがうかがえる。

(3) 光信ビニール商会および光信化成関係分

(ア) 両店の経営者梁川錫雄に対する調査結果によれば、係争年ごろ原告との取引決済において原告振出の手形で金額一〇万円以上の手形の交付をうけたことはないこと別表(四)の各取引は存在しないかあるいは記憶がないこと、光信化成発行の昭和四〇年一月二〇日付請求書の数額の加筆訂正の筆跡は同人のものでないこと等が明らかである。したがって、いずれも一五万円以上である別表(四)の取引はこれに照らせば、存在しないことが明らかである。

(イ) 光信ビニール商会分の原告備付の買掛帳には、前記千代田ビニール商会分と同様な形態の作為の形跡があり、そのため一部で金額が合致しないところがみられるし、また昭和三九年九月二九日付の記帳は同商会の名称変更後の光信化成との取引がすでに同年七月一〇日から記帳されていることから不自然であり、しかも右取引については領収書等の保存はない。また光信化成分の買掛帳にも、千代田ビニール商会分と同様な形態の作為の形跡があり、しかも架空とみるべき取引は一件をのぞきすべて昭和四〇年の一〇月から一二月に集中し、以後取引はなく、これら取引は通常の取引に比し、金額も高額であり、決済期間も長期であるなどきわめて不自然である。

(ウ) 原告保存の原始記録中、光信化成発行の前記昭和四〇年一月二〇日付の請求書一二万三、四三〇円の数額は、原告によって加筆訂正されていることが明らかで、これは原告が架空取引金額にあうよう後日原始記録を創出したことを示すものである。

(4) 三立美行関係分

(ア) 昭和三八年末ごろ、三立美行経営者神林茂はその営業を下井豊美(下井工芸の商号を用いる)に譲渡しているから、昭和三九年において三立美行と取引することはありえない。

(イ) 原告備付の買掛帳には、昭和三九年七月二日付で仕入金額三五万二、八四二円の記帳がされ、その決済は、三ヶ月後の同年一〇月一一日付原告振出の約束手形でなされているが、この取引は、通常取引が翌月に決済されていることに比し不自然である。

(ウ) さらに、三立美行発行にかかり原告の保存する右取引の領収書および請求書の筆跡は下井豊美のものである。

(二) 借入金利子割引料

昭和三九年分 八万四、九六六円

昭和四〇年分 七万〇、四四九円

被告が、岩田良彦以下三八口の架空借入金と判断した借入金にかかる借入金利子割引料を必要経費から除外したものである。

なお、仮に原告主張のとおり、右借入金は原告の次男訴外前田始克から借入れたもので、右利子等も右訴外人に支払われたものであるとしても、同人は原告と生計を一にする親族であるから、必要経費には算入されない。

(三) 貸倒引当金繰入額等

別表(二)の21、22および24、同(三)の21ないし25の貸倒引当金繰入額等については、いずれも、青色申告承認取消に伴ない必要経費に算入されないこととなる金額を差引き、あるいは繰戻して調整計上したものである。

3、よって、右昭和三九年および同四〇年分の原告の総所得金額はいずれも本件各更正処分における認定額を越えるので、その範囲内に止まる本件各更正処分はいずれも適法である。

(原告の認否および反論)

一、被告の主張一(本件取消処分の適法性)について

1、被告の主張一2(一)(1)のうち、原告備付の当座預金出納帳に、被告主張のとおりの岩田良彦ら名義の借入金が記載されていることは認める。

しかし、右借入金は、原告の次男訴外前田始克が、原告の事業に従事する前に他の会社で得た給与等による貯えを、原告が運転資金として一時借入れたものであり、これを架空人名義としたのは、個人営業の場合、近親者からの寸借は税務当局から疑惑をもたれることを慮ったものである。そしてこの事情は裁決庁もこれを認めたものである。

2、被告の主張一2(二)のうち原告備付の買掛帳に被告主張のとおりの光信ビニール商会への支払いの記載がされていること、その手形金を訴外前田始克が受取っていることは認めるが、その余は否認する。

光信ビニール商会に交付した約束手形を同商会の依頼により右訴外人が自己の手許資金で割引したことにより右の記載となったもので虚偽の記入ではない。

3、被告の主張一2(三)は、そもそも原処分時に理由とされなかったものであるから失当であり、また仮に然らずとするも、その金額はたかだか三一万円余にすぎない(ちなみに原告の年間仕入総額は約二、五〇〇万円である。)から、これをもって所得税法一五〇条一項三号に該当するとはいえない。

二、被告の主張二(本件各更正処分の適法性)について

1、被告の主張二1について、(一)昭和三九年分の(1)の事業所得金額についての別表(二)記載の区分のうち、(二)必要経費中の「1売上原価のロ、仕入金額」「19借入金利子、割引料」「21貸倒引当金繰入額」「22専従者給与」「24価格変動準備金繰入額」を否認し、その余は認め、(2)の譲渡所得金額は認める。また、(二)昭和四〇年分の(1)事業所得金額についての別表(三)記載の区分のうち(二)必要経費中の「1、売上原価のロ、仕入金額」「20借入金利子、割引料」「21貸倒引当金繰もどし額」ないし「25価格変動準備金繰入額」を否認し、その余は認め、(2)の譲渡所得金額も認める。

2、被告の主張二2(一)(1)ないし(4)について、原告備付の買掛帳の記帳に作為があるとの点は、原告が取引先ごとの取引を各月区切りで整理することとし、仕入金額に対する支払は翌月にするが、仕入と支払の対応関係を見やすくするために、支入金額を記入するための欄を数行空欄にしておいて翌月の仕入金額の記入をはじめ、支払いがなされるとさかのぼってその記入をすることにしたため、記入が日付順でない体裁になったのであり、また仕入単価につき取引先と協議中で仕入金額が未確定のものは鉛筆で仮記入し、後日確定したときペンで正規記入したことや、単なる違算の訂正や、記入洩れの追記などをしたことのため、帳簿の記入が不斉一となり、あたかも改ざんしたようになったものであり、これらは原告が架空取引に合わせるため作為したものでない。また、各取引先経営者らの言うところは、事情聴取をした国税協議官石川義雄が、これらの者が白色申告者であって帳簿等が整備されておらず、所得調査をおそれていることに威圧を加えて迎合的供述をえたものと推測されるので、同人らの言は信用できない。また、別表(四)の取引が他の取引に比し多額で代金決済も長期であることは被告主張のとおりであるが、商品の種類・品質・需要の如何によっては一時に多額の契約がなされることがあるうえ、金額が大であれば、その決済に若干の日時を要することは当然であり、これらをもって右取引を架空とするのは不当である。

なお、(一)(2)(ア)について、原告の依頼による納品書請求書の作成の点は原告がこれら書類を紛失したため再発行してもらったものであり、また、取引照会回答を原告のいうとおり作成したとの点は、岡部商店には帳簿書類の保存がないというので原告保存書類の写しを送付したことに因るもので、回答につき作為を依頼したわけではない。また(一)(3)(イ)について、光信ビニール商会と光信化成との名称の点は、光信ビニール商会との取引中に同商会は光信化成という名称を併用し始めたようであるが、原告としては注文した商品が入手できればよいので、その名称の相違には特別の関心がなかったのであり、取引日時と取引先の名称に若干の混乱があっても、その営業には支障はなかったのである。そしてまた(一)(4)(ア)について、三立美行の営業譲渡の点は、右譲渡後も三立美行の商号が続用され、原告に対する納品・請求・代金受領はすべて三立美行名義でされていたから原告はそのとおり記帳したのである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因一ないし三の事実(本件各処分の経過)については、当事者間に争いがない。

二、本件取消処分の適否について

1、原告は、本件取消処分は、理由附記に不備があり違法である旨主張するのでこの点につき判断する。

(一)  本件取消処分の通知書には理由として「取消の理由 あなたの帳簿には取引の一部に仮装及び仮空経費の計上があるので所得税法一五〇条一項三号の規定により取消します。」と記載されていることは、当事者間に争いがない。ところで所得税法一五〇条二項は青色申告承認取消処分につき、その通知書には「その取消しの処分の基因となった事実が同項(一項)各号のいずれに該当するかを附記しなければならない」と規定する。

一般に行政処分につき、その理由を明示することを処分庁に対し要求する法令の趣旨は、処分にあたっての処分庁の慎重な考慮を期待し、公正な判断がなされることを担保して、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を明示することにより、処分をうける相手方のなす不服申立に便宜を与えるものであるということができる。青色申告承認取消処分についての前記法条の趣旨も、殊に右処分が、納税者に所得計算上あるいは課税手続上与えられている種々の特典を一挙に奪うという重大な不利益処分であることから、特にその理由を明示すべく、処分通知書自体の中でその理由を具体的に明確にすることを要求したものと解するのが相当である。

(二)  被告は青色申告者に対する更正処分についての所得税法一五五条二項が端的に「その理由を附記しなければならない。」とするのと文言を異にし、前記のような文言上の表現をとる同法一五〇条二項の場合においては、取消処分の基因となった事実の記載は要せず単に取消すのは同条一項の何号に該当する事実によるかを記載すればたると主張するけれども、法条の解釈にあたってどのように解釈するのが正当であるかは、前記のとおり、右取消処分の性質に従って解釈すべき事柄である。ところで被告も主張するとおり、同条一項各号は、青色申告承認の前提をなす納税者の帳簿書類に対する信頼を裏切るような事実を一応類型化し、これを取消処分の基因とするものではあるが、右法条の表現は殊に同三号において抽象的であって具体性を欠くのみならず、青色申告における更正理由附記の程度については、遺脱誤算の発見された勘定科目と金額を記載するだけではたりず、修正金額算定の根拠などの基本的事項を具体的に明示して記載しなくてはならないというのが一般的解釈であることを考えれば、更正処分よりさらに納税者にとって不利益であり、特に更正処分につき具体的理由の附記をうけうる特典自体を奪われるという効果をも有する青色申告承認取消処分について、その理由附記の程度が該当号数の表示のみでたりるとする解釈が許されないことは明らかである。すなわち更正処分の理由が所得金額の認定・計算が主たる問題であるのに対し、承認取消処分の理由は帳簿書類の信頼性が主たる問題であるという性質の相異があるから、記載すべき理由の形態において相異があるとしても、承認取消処分においては、少くとも当該帳簿書類の信頼性が失われたとなすにたりる具体的事実の摘示をなすべきことを法は求めているというべきである。

(三)  これは本件についてみるに、前記のとおり、原告に対する本件取消処分通知書には「あなたの帳簿には取引の一部に仮装及び仮空経費の計上があるので所得税法一五〇条一項三号の規定により取消します」との記載があるのみであり、なるほど帳簿の信頼性を疑うにたりる不実記載があることは一応推知できても、その具体的な事実、すなわち、原告のどの帳簿にどの取引が仮装され、いかなる架空経費があるのか不明であり、原告としては処分の具体的な根拠を知ることができないから、本件取消処分の通知書の理由記載としては不備であり、前述の法の要求する附記の要件を充していないということができる。

(四)  また、被告は所定の帳簿書類の備付等を義務づけられている青色申告者にとっては具体的理由の記載をしなくても、これを容易に推知しうるから各号のいずれに該当するかの摘示でたりる旨主張するが、附記された理由が法の定める要件を具備しているか否かは、通知書の記載自体により決すべきであり、納税義務者がその理由を知っていると否とは関係のない事柄であるというべきであるから右主張は採用することができない。

(五)  したがって、本件取消処分は前示のように解すべき所得税法一五〇条二項の要求をみたすものとは到底言い難いので、右処分はこの点で違法があり取消は免れ難い。

2、次に、被告は、右の処分理由の附記における瑕疵は、右処分に対する審査裁決で理由が附記されたことにより治癒されたものと主張する。しかし、前記のとおり処分通知書自体において理由を明示することを求める法の趣旨からすれば、裁決庁が審査裁決において改めて具体的理由を附記してみても原処分における瑕疵が治癒されるとなすことはできない。蓋しかかる瑕疵の治癒を許すことは処分そのものの慎重と合理性を確保する目的にそわないばかりか、処分の相手方としても裁決後に理由が明示され、はじめて攻撃防禦を尽すべき対象が明確になるのでは、それ以前の審査手続で十分な不服理由を主張することができないという不利益は免れ難いからである。

ところで、被告は、原処分の理由附記の不備のみをとらえて原処分の取消しをしても、改めて理由を明示した処分をするだけであるから、いたずらに無用な手続の重複であるとして、前記のような瑕疵の治癒を認めるべき旨主張する。しかし理由附記の不備により訴訟で青色申告承認取消処分が取消されると、後記のように右処分に後続してなされる更正処分に影響する余地があり、また、更正処分については法定の期間制限により期間経過後はあらためて更正処分をなすことはできないから、被告が取消しを無用とすること自体失当である。

したがって、審査裁決における具体的理由の附記により原告処分の瑕疵が治癒されるとする被告の主張は採用できない。

三、本件各更正処分の適否について

被告の本件各更正処分が、本件取消処分後、いわゆる白色申告者に対するものとしてなされたものであることは当事者間に争いがなく、その処分通知書に所得税法一五五条二項所定の理由の附記がないことは被告も明らかに争わない。

ところで青色申告承認取消処分を取消す判決が確定したときは、原告は、その遡及効により、処分当初から青色申告の承認をうけていた者とみなされることになるから、取消処分後取消判決確定するまでの間になされた更正処分においても原告は青色申告者として所得税法一五五条の利益を享受しうる地位にあったものということができ、したがって同条二項所定の理由の附記のない更正処分は違法になると解するのが相当である。

したがって、本件においては、前判示のとおり、本件取消処分には取消すべき瑕疵があり、これに引き続きなされた本件各更正処分には同条二項所定の理由の附記はないから、結局本件各更正処分も違法であるといわざるをえない。

四、以上の次第であるから、本件取消処分および本件各更正処分の取消を求める原告の各請求はその余の点につき判断するまでもなく理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条民事訴訟法八九条により被告に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官小林克巳は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 山田義光)

<以下省略>

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